令和の大学入試のうち半分を占める推薦入試に生徒会経験も海外留学も必要ないけど英検準1級当たり前!?
NotebookLMに3つのYouTube動画をまとめてもらいました。
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大学受験の常識はもう古い?親世代が知らない5つの衝撃的な真実

ご自身が汗と涙を流した大学受験の日々を、今でも鮮明に思い出せる方は多いのではないでしょうか。深夜ラジオ、分厚い参考書、そして合格発表の掲示板。しかし、もし今、あなたのお子さんが当時の自分と同じ地図を手に「受験戦争」に挑もうとしているのなら、少しだけ立ち止まる必要があります。
私たち親世代が経験したのは、学力試験一発勝負の「短期決戦」。良い大学に入るためには、とにかく偏差値を上げ、一般入試を突破するしかありませんでした。りさおも中学受験、大学受験と、以下のように、英語数学国語物理化学生物倫理などの教科の勉強を必死にやりました。
ですが、その常識はもはや通用しない「古い地図」です。現代の大学受験は、高校3年間を通じて「自分だけの物語」を構築する、壮大な「長編の物語」へとその姿を根本から変えたのです。
この記事では、2026年時点での教育トレンド・アナリストの視点から、この新しい受験戦争を読み解くための「5つの衝撃的な真実」を解説します。お子さんの未来を真剣に考えるからこそ、まずは私たちがこの構造変化を理解することから始めましょう。
1. もはや「一般入試」は多数派ではない

最も衝撃的な事実からお伝えします。現在、大学入学者のうち、いわゆる「一般入試(一般選抜)」で入学する学生は、もはや多数派ではありません。これは、受験が「短期決戦」ではなくなったことを示す何よりの証拠です。
文部科学省のデータによると、2024年度の大学入学者総数約61万人に対し、一般選抜での入学者は約29万人と、ついに50%を下回りました。大学受験のメインストリームは、総合型選抜(旧AO入試)や学校推薦型選抜といった、学力試験以外の要素を重視する選抜方式へと完全に移行しているのです。
この流れを象徴するように、国立大学である東北大学は、将来的にすべての入試を総合型選抜などに切り替える方針を発表[1]しました。これは一時的なトレンドではなく、大学が求める学生像そのものが変わりつつある、大きな構造変化の表れと言えるでしょう。
ここで重要なのは、推薦入試と一括りにしないことです。現在の大学入試は、主に以下の3つに大別されます。
- 総合型選抜(旧AO入試):大学が求める人材像(アドミッション・ポリシー)に合致するかを、志望理由書や面接などで多角的に評価する。高校からの推薦は不要。
- 学校推薦型選抜:高校長の推薦に基づき、学業成績や活動実績を評価する。合格したら入学が確約されることが多い。
- 指定校推薦:大学が特定の高校に設けた推薦枠。校内選考を通過すれば、ほぼ合格が約束される。
この中で特に爆発的に増加しているのが「総合型選抜」(高校からの推薦は不要で、志望理由書、小論文、面接で合否を決める入試)です。データを見ると、学校推薦型選抜の入学者数が約21万人で横ばいなのに対し、総合型選抜は約5万人から約9万人へと倍近くに増えています。「推薦が増えた」というより、「総合型選抜が急増した」と理解するのが、今の大学受験を正確に捉える鍵となります。
2. 大学で本当に優秀なのは「総合型選抜組」という逆転現象

「推薦は学力が低い生徒の抜け道」という考えは、親世代に根強く残る固定観念です。しかし、データはこの常識を根底から覆します。東北大学や早稲田大学が公表したデータによると、驚くべきことに、総合型選抜(旧AO入試)で入学した学生の方が、大学での成績(GPA)が最も高いという結果が出ているのです。
なぜこのような逆転現象が起きるのでしょうか。教育アナリストの伊藤滉一郎氏は、その強みを「決められた期間にちゃんと勉強して提出物を出すことに長けている」点にあると分析します。これは、高校時代から定期テストなどを通じてコツコツと努力を積み重ねてきた証であり、大学での継続的な学習や、社会に出てからも着実に結果を出せる能力に直結します。
一方で、一般入試という「短期決戦」で過酷な競争を勝ち抜いた学生の中には、大学入学と同時に「燃え尽きてしまう」ケースも少なくありません。大学側は、入学後の「長編の物語」に意欲的に取り組める学生を求めており、そのポテンシャルを測る上で、総合型選抜が非常に有効だと判断し始めているのです。これが、大学側が積極的に総合型選抜の枠を拡大している合理的な背景です。
3. 「とりあえず留学・ボランティア」では全く評価されない
りさおにとっては、上の表にショックを受けました。だって、りさおが思いつく、推薦入試でいかにも好かれそうな内容だったからです。
総合型選抜が重要になるなら、アピールできる活動実績を積ませなければ、と考えるのは自然なことです。しかし、ここにも大きな落とし穴があります。「海外留学」や「ボランティア活動」といった、いかにも評価されそうな経験が、それだけでは全く評価されなくなってきています。
特に、個人の物語が問われる総合型選抜では、この傾向が顕著です。受験ジャーナリストの杉浦由子氏は、その理由をこう指摘します。
ライバルもみんな留学してるから差別化ができないんですよね
評価の軸は、「何をしたか(What)」という活動実績の羅列から、「なぜそれをし(Why)、何を学び(What)、その経験を大学での研究にどう繋げるか(How)」という一貫したストーリーへと完全にシフトしています。
例えば、都会の高校生が参加するありきたりな海外プログラムよりも、地方の農家でアルバイトをし、そこで感じた食料自給率の問題意識を大学での研究テーマに結びつけた学生の方が、よほど高く評価される可能性があります。重要なのは活動の「珍しさ」や「派手さ」ではなく、その経験から得た学びの「深さ」と、将来の目標との「一貫性」なのです。
ではどうすれば良いのかと言うと、例えば、国際バカロレアの高校カリキュラムであるIBDPの3つのコア要件(The Core)あたりでしょうか?これは、IBDPの最大の特徴であり、「人間力」を養う部分だそうですが、内容だけ聞くと、上の表と対して変わらないのかな、、、なんて言ったら非常に失礼なほど、かなりハードなカリキュラムらしいです、、、
- TOK(知の理論 – Theory of Knowledge): 「知識とは何か?」「なぜそれが正しいと言えるのか?」を議論し、批判的思考力を養います。
- EE(課題論文 – Extended Essay): 興味のあるトピックについて、自分で問いを立てて調査し、4,000語(英語の場合)または8,000字(日本語の場合)程度の論文を書きます。
- CAS(創造性・活動・奉仕 – Creativity, Activity, Service): 芸術活動、スポーツ、ボランティア活動などを通して、教室外での学びを実践します。
4. なくなっていない、むしろ根強い「学歴フィルター」の現実

大学受験のトレンドが大きく変わる一方で、多くの親御さんが最終的に気にする「就職」の世界には、変わらない現実も存在します。それは、新卒一括採用における「学歴フィルター」です。
教育アナリストの伊藤氏が指摘するように、特に伝統的な大企業では、今もなお学歴フィルターが暗黙の了解として機能しています。これは企業の怠慢というより、むしろ物理的な問題です。数万通にも及ぶエントリーシートを人の手で捌くためには、採用担当者はどうしても、ある一定の大学ライン(例えばMARCHや関関同立以上など)で足切りをせざるを得ないのです。
この採用側の現実的な事情が、結果として「良い大学に入らなければ、良い会社には入れない」という構造を生み出し、多くの家庭を受験競争へと駆り立てる大きな要因となっています。入試制度は多様化しても、その出口にある社会構造が変わらない限り、大学名が持つ価値が簡単になくなることはない、という厳しい現実も直視する必要があります。
ただし、学歴フィルターには、以下のように、「最初の書類選考で落ちなければ、学歴フィルターは関係ない」という指摘もあります。
5. 受験戦争は「短期決戦」から「長編の物語」へ

これまでの4つの真実を踏まえると、大学受験の「戦い方」そのものが根本的に変わったことが見えてきます。かつてのような、学力試験一発勝負の「短期決戦」は過去のものとなりました。
現代の大学受験、特に急増する総合型選抜は、高校3年間の生活すべてをかけて「自分だけの物語」を構築し、それを表現する「長編の物語」へと姿を変えています。大学側が提示する「アドミッション・ポリシー(求める人材像)」を深く理解し、それに合わせて自らの経験や学びたいことを、時には2000字を超える「志望理由書」にまとめ上げることが求められるのです。
これは、ただ偏差値を上げるのとは全く異なる、深い自己分析と探求を必要とする作業です。そこには、親世代が経験した受験戦争とは質的に異なる、新しい種類の「大変さ」が存在します。一夜漬けの知識ではなく、3年間かけて紡いできた物語の説得力が、合否を分けるのです。
結論
大学受験は、画一的な学力というモノサシで競うレースから、一人ひとりの個性や探求心、そして未来へのビジョンを問う、より多様で複雑な舞台へと大きく変化しました。受験はもはや「短期決戦」ではなく、高校生活をかけて紡ぐ「長編の物語」です。一般入試が主流ではなくなり、総合型選抜組が学業で高い成果を上げ、活動実績は「ストーリー」で評価され、それでもなお学歴フィルターは根強く残る。この複雑な現実が、今の大学受験の姿です。
私たちの時代の常識や成功体験だけでは、子どもたちを正しく導くことは難しいのかもしれません。
この新しい時代において、子どもたちが単に試験を突破するためだけでなく、本当に意味のある未来を築くために、親として一体何ができるのでしょうか?その答えを探すことこそ、今私たちに課せられた、新しい「受験」なのかもしれません。







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